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【八王子市鑓水】神社の傍らにそびえる25mの巨木。雨上がりのナラ伐採、5日目の緊張感

  • 執筆者の写真: いつきスタッフ
    いつきスタッフ
  • 1 日前
  • 読了時間: 11分

①静寂の境内に響く、覚悟の号令


東京都八王子市鑓水。 歴史を刻んだ神社のすぐ横に、その「主」は立っていた。

見上げる先にあるのは、高さ25メートルに及ぶ巨大なナラの木。今日でこの現場も5日目を迎えるが、空を見上げれば朝までの雨が嘘のように晴れ渡っている。だが、伐採屋にとって「雨上がりの晴天」は、決して手放しで喜べるコンディションではない。

樹皮はたっぷりと水分を吸い、登り道具の爪を弾くほどに滑りやすい。足元も泥にまみれ、一歩の踏み込みが命取りになる。そんな緊張感の中、3人のチームで静かに作業を開始した。


「風はどうだ?」


「予報ほどは吹いていない。いける。」


神社の厳かな空気を汚さぬよう、音出し作業は8時からと決めている。チェーンソーの鋭いエンジン音が鳴り響く前の、この嵐の前の静けさのような時間が、実は一番神経を研ぎ澄ませる瞬間だ。

目の前のナラは、まるで我々の実力を試すかのように、濡れた枝を重たく垂らしている。 25メートル。ビルで言えば8階か9階に相当する高さだ。そこへ生身で挑み、巨大な枝をコントロールして落とす。

道具の点検に一切の妥協は許されない。3台のチェーンソー、チルホール、そして命を預ける登り道具一式。これらが完璧に機能して初めて、巨大な重力との対話が始まる。

「よし、始めよう。」

泥を噛む地下足袋の感触を確かめながら、我々は神社の隣に鎮座する巨木へと手をかけた。



作業前
作業前

②吊り下ろし作業:空中で繰り広げられる、数トンとの知恵比べ


いよいよ、ナラの巨木を「解体」するフェーズに入る。 25メートルという高さは、地上から見上げるのとは訳が違う。空中に身を投げ出し、樹冠に陣取った瞬間、世界は一変する。

まず着手するのは、巨大な枝の「吊り下ろし」だ。 なぜそのまま落とさないのか? 理由は単純だ。この場所が神社のすぐ隣であり、周囲には守るべき建物や石碑が点在しているからだ。数トンの衝撃を伴う自由落下など、選択肢にはない。

写真は、トップの枝を切り離し、ロープで制御しながら降ろす直前のカットだ。 朝までの雨が、ここで牙を剥く。樹皮を掴むスパイクの掛かりが甘い。一瞬でも体重移動を誤れば、体は虚空に投げ出される。さらに、濡れたナラの枝は乾いている時よりもはるかに重い。水分を吸い込んだ木材は、計算外の重量でロープを軋ませる。


「重いぞ、ゆっくり出せ!」


地上でロープを操るグランドワークの仲間と、無線越しに呼吸を合わせる。 チェーンソーの刃を入れ、受け口を作る。最後の一太刀を入れ、枝が親木から離れるその瞬間。重力が一気にロープへと移り、樹上にある私の体も、反動で大きく揺さぶられる。

空中で、巨大な枝を「殺さずに」生かしたまま降ろすような感覚だ。 ただ切ればいいのではない。狙った場所に、狙った速度で、音もなく着地させる。 青空が広がり始めた鑓水の空の下、我々と巨木との、静かな、しかし命懸けのチェスが続いた。



吊り下ろし作業
吊り下ろし作業


③伐倒作業(チルホール使用):泥濘に抗い、数トンの自重を御す


枝を払い、スリムになったとはいえ、25メートルの主幹は依然として圧倒的な質量を誇る「壁」だ。これを狙った方向に倒し切る。ここからが本番だ。

この作業の要となるのが、手動式ウィンチ「チルホール」だ。 ワイヤーを張り、巨木に一定のテンションをかけ続けることで、木が予期せぬ方向へ倒れるのを防ぐ。まさに命綱だ。しかし、この日の現場には「雨上がり」という伏兵が潜んでいた。

写真は、チルホールのレバーを力強く漕ぎ、ワイヤーを締め上げている瞬間だ。 一見、順調そうに見えるかもしれない。だが、足元は見た目以上に最悪だった。踏ん張ろうとするたび、地下足袋が泥を掴みきれず、ズルリと滑る。


「……くそっ、逃げるな!」


思わず独り言が漏れる。 チルホールで引く力に対し、自分の体が支点となって耐えなければならない。しかし、足元が滑れば支点が揺らぐ。もしこの瞬間にワイヤーの張力が緩み、木が自重で反対側に傾けば、すべてが終わる。

一歩、また一歩と泥の中に足をめり込ませ、文字通り全身全霊で地面に食らいついた。 背中を伝う汗が、雨上がり特有の湿気と混ざり合う。チェーンソーを握る仲間に「よし、引けてるぞ!」と合図を送る。その声は、自分を鼓舞するためのものでもあった。

受け口を切り、追い口を入れる。 木の芯が「ミシミシ……」と悲鳴を上げる。チルホールのレバーが急に軽くなる。重力が、我々の手の内に入った合図だ。


地響きとともに、25メートルのナラが予定通りの軌道を描いて横たわった。 倒れた衝撃で周囲の泥が跳ね上がる。成功だ。だが、安堵に浸る暇はない。 この巨体を、今度は「資源」として細かく裁断し、運び出さなければならないのだから。



伐倒作業(チルホール使用)
伐倒作業(チルホール使用)


④集積作業:重力との泥臭い対話、25メートル分の残材を捌く


巨木が地に伏した瞬間、我々の仕事は「空中戦」から泥臭い「地上戦」へと移行する。 ナラの木25メートル分。3本。さらに巨大な枝が数本。 その圧倒的な質量を、機械の入れないこの場所では、すべて**「人力」**で集積しなければならない。

写真は、裁断した丸太を抱え、斜面を往復しているカットだ。 先ほどまでチルホールと格闘していた泥の斜面は、今や我々の体力を削り取る底なし沼のような様相を呈している。一歩踏み出すごとに足元がズルリと滑り、ナラの重みがダイレクトに腰と膝にのしかかる。


「重てぇ……」


誰ともなく漏れる独り言。 伐採直後の生木は、水分を極限まで含んでいて信じられないほど重い。だが、立ち止まっている暇はない。この量を今日中に片付けなければ、明日の工程が死ぬ。


3人のチームワークが、ここで真価を発揮する。 一人がチェーンソーで規格通りに玉切り(裁断)し、残る二人がそれを一箇所に積み上げていく。単調な作業に見えるかもしれない。だが、これは一種の瞑想に近い。呼吸を整え、足場の安定している場所を見極め、最小限の動きで最大重量を運ぶ。

神社の境内に、黙々と積み上がるナラの山。 朝の雨で濡れていた木肌は、太陽の光を浴びて次第に乾き始めているが、我々の作業着は、泥と汗、そして飛び散った切り屑でもう何色かも分からなくなっている。

便利でクリーンな世の中で、これほどまでに「重力」と「摩擦」を全身で感じる仕事が他にあるだろうか。 腕の筋肉が悲鳴を上げ、握力が奪われていく。それでも、山が少しずつ整理されていく光景だけが、今の我々の唯一の報酬だ。



集積作業
集積作業

⑤お昼ご飯:空腹こそが最高の調味料、静寂に包まれる町中華のひととき


極限まで体を動かし、泥と格闘し、死線と隣り合わせの緊張感を味わった後の休息。それは単なる「エネルギー補給」以上の意味を持つ。

午前中の作業で消耗しきった体を引きずるようにして向かったのは、現場近くの町中華だ。扉を開けた瞬間、漂ってくる油と醤油の香ばしい匂い。それだけで、張り詰めていた神経がふっと緩むのがわかる。

写真は、注文した料理が運ばれてきた瞬間のカットだ。 テーブルに並ぶのは、山盛りのチャーハンと餃子、そして熱々のラーメン。お世辞にも「映える」料理ではないかもしれない。だが、我々にとってこれほど頼もしい光景はない。


「……うまいな。」


誰からともなく言葉がこぼれる。 雨上がりの冷え込んだ空気の中で冷え切った内臓に、熱いスープが染み渡る。塩分と炭水化物が、空っぽになった筋肉の隅々にまで行き渡るような感覚。会話は最小限だ。ただ黙々と、食らう。この沈黙は、気まずさではなく、共に修羅場を潜り抜けた職人同士の信頼が生む「休息の儀式」だ。

ふと壁に目をやると、手書きのメニュー札が並んでいる。 神社の横という非日常の空間から、一気に「日常」のど真ん中に引き戻される。このコントラストが、また心地よい。

窓の外を見れば、朝の雨が嘘のように陽光が降り注いでいる。 午後の作業もまた、25メートルの高所と重量物との戦いだ。しかし、この一杯のラーメンとチャーハンがあれば、もう一度あの大木に立ち向かう気力が湧いてくる。

腹を満たし、最後の一口を飲み干す。


「よし、行くか。」


その一言で、再び職人の顔に戻る。午後もまた、油断は一切許されない。



お昼ご飯
お昼ご飯

⑥吊り下ろし作業(午後):疲労のピーク、研ぎ澄まされる生存本能


昼飯の中華で腹は満たされた。だが、体は正直だ。午前中に25メートル級を仕留めた代償として、乳酸が溜まった筋肉が重く、鈍い熱を帯びている。

しかし、現場は待ってくれない。 午後は残る巨木の枝払いと、より精密な「吊り下ろし」が控えている。午前中に一本倒したことで周囲の空間は広がったが、それは同時に、風の影響をよりダイレクトに受けるようになったことを意味する。

写真は、午後の強い日差しの中で、再び樹冠へと登り詰めた瞬間だ。 青空が突き抜けるように高く、美しい。だが、職人の視界に「景色」を楽しむ余裕など微塵もない。見るべきは、ロープの擦れ、樹皮の湿り具合、そして枝の重心一点のみだ。

午後の吊り下ろしは、午前よりもさらに神経を使う。 蓄積した疲労は、判断力をわずかに狂わせる。その「わずか」が、この高さでは致命傷になる。濡れたナラの枝にスパイクを食い込ませ、ランヤード(安全帯)の感触を肌で確かめる。


「吊るぞ。下、位置いいか!」


地上へ声を飛ばす。 吊り下ろし作業の核心は、重力との「共同作業」だ。ロープにかかるテンションを指先で感じ取りながら、チェーンソーの刃を慎重に入れていく。切り離された数キロから数十キロの枝が、空中で一瞬だけ無重力になり、次の瞬間、ロープを伝ってズシリと重みを増す。

その衝撃を腰で受け止め、コントロールして地上へと送り出す。 腕の筋肉が震え、指先が強張る。それでも、一本、また一本と、確実に空を整理していく。 この繰り返しだけが、巨大なナラを「安全な形」へと変えていく唯一の道なのだ。



吊り下ろし作業(午後)
吊り下ろし作業(午後)


⑦伐倒作業(チルホール使用):傾斜と泥濘、限界寸前の引き込み


陽が傾き始め、現場には焦燥感に似た緊張が走り始める。 最後の一本、25メートルのナラ。これを仕留めれば今日の山場は越える。だが、予報通り風が強まってきた。神社の社殿側へは絶対に倒せない。我々に許されたのは、極めて狭い「一点」へのピンポイント投下のみだ。

ここで再びチルホールの出番となるが、コンディションは午前中よりも悪化していた。 何度も往復した足元は、雨上がりの水分と練られた土が混じり合い、まるでスケートリンクのような滑りやすさだ。

写真は、ワイヤーを張り詰め、全身の体重をレバーに乗せている瞬間だ。 この時、私の足元では「想定外」の事態が起きていた。レバーを引くたびに、踏ん張った足がズルリと数センチ後退する。


「……動くな、止まれ!」


歯を食いしばり、泥の中に地下足袋を深く蹴り込む。 もしここで足元をすくわれれば、チルホールのテンションが抜け、巨木は重力のままに「あってはならない方向」へ倒れ出すだろう。数トンの質量が社殿を直撃する光景が脳裏をよぎる。背筋に冷たい汗が走る。

チェーンソーを持つ仲間の視線と、私の視線が交差する。


「もっと引け!」


という無言の圧力。 私は周囲の立ち木に片足をかけ、文字通り「人間支点」となってワイヤーを締め上げた。

受け口が作られ、追い口が入り、楔(くさび)が打ち込まれる。 風を切り裂き、今日一番の地響きを立ててナラが横たわった。 狙い通り。社殿から数メートル。完璧な着地だ。

泥にまみれた手を見ると、強張って感覚がない。 チルホールのレバーから手を離した瞬間、ようやく呼吸を忘れていたことに気がついた。



伐倒作業(チルホール使用)
伐倒作業(チルホール使用)


⑧作業後:静寂を取り戻した境内と、職人の刻印


17時。 八王子の空が深い藍色に染まり始める頃、最後のチェーンソーがその咆哮を止めた。 あれほどまでに我々の神経を逆撫でし、重力と風で威圧してきた25メートルの巨木たちは、今や整然と積み上げられた「残材」へと姿を変えている。

写真は、すべての作業を終えた直後の現場だ。 あれほど散乱していた枝葉も人力できれいに集積し、神社の横には再び、凛とした静寂が戻ってきた。朝の雨が作り出した泥濘も、作業が終わる頃には我々の足跡と共に現場の風景の一部となっていた。

道具を軽バンに積み込み、最後に一度だけ、かつてナラが空を遮っていた場所を見上げる。 そこには、遮るもののない広大な空が広がっている。我々の仕事は、形を残すことではない。むしろ「消す」ことだ。安全を脅かす存在を消し、本来あるべき見通しを取り戻す。


「お疲れ様でした。」


3人で短く言葉を交わす。 体は芯から冷え、筋肉は悲鳴を上げている。だが、怪我なく、そして何より神社の社殿や周囲の平穏を傷つけることなく完遂できたという事実が、何物にも代えがたい「職人の誇り」を運んでくる。

風は予報通り強くなっていたが、我々のチームワークとチルホールの張力がそれに勝った。 鑓水の神社の横。この場所で我々が刻んだ5日間の汗は、この切り株と、新しく差し込むようになった陽光が証明してくれるだろう。

明日にはまた別の現場が待っている。 道具を研ぎ、泥を落とし、次なる巨木との対話に備える。それが我々、伐採屋の日常だ。



作業後
作業後

記入者: 株式会社 樹

現場: 東京都八王子市鑓水(神社隣接地)

人員: 3名

完了日: 2026年3月4日(水曜日)

成果: ナラの木(25m)3本伐倒、2本精密枝払い、全残材人力集積・現場整理完遂

 
 
 

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