【八王子市鑓水・完結編】神社の巨木ナラ25mを制す。滑る足元、チルホールに込めた3人の執念
- いつきスタッフ

- 1 日前
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①作業前:静寂を切り裂く、25メートルの巨人との最終対話
2026年3月5日。八王子市鑓水、神社の傍らで続けてきたこの現場も、ついに6日目の朝を迎えた。
昨日までの雨が嘘のように、空は見事なまでの「伐採日和」を提示している。だが、地上の我々を待ち受けていたのは、抜けるような青空とは裏腹に、湿り気を帯びて牙を剥く現場のリアリティだった。
見上げる先には、天を突くようにそびえる25メートルのナラ。 写真は、朝一番の光の中でその巨躯を捉えたものだ。枝先に残る雨の滴が光を反射しているが、これは職人にとって「滑る」という死線への警告に他ならない。
「今日で決めるぞ。」
3人のチームに、言葉は多く必要ない。昨日、一本の巨木を仕留めたことで生まれた空間が、皮肉にも風の通り道となり、残されたナラをわずかに揺らしている。神社を守るように立ってきたこの木に敬意を払いつつも、我々は冷徹な「解体者」として、登り道具とチェーンソーの点検を始めた。
この6日目というタイミング。蓄積した疲労は、朝の冷気の中で筋肉を強張らせる。しかし、それ以上に研ぎ澄まされているのは「この木をどう安全に地に伏させるか」という一点への集中力だ。
神社の境内を包む静寂。 8時のチャイムと共に、その静寂をチェーンソーのエンジン音が切り裂く。それは、重力と、歴史と、そして自分たちの技術との、今日という日の「対話」が始まった合図だった。

②吊り下ろし作業:重力と遠心力、そして「濡れ」が牙を剥く空中戦
午前8時。神社の静寂を裂くチェーンソーの咆哮とともに、私は再びナラの樹上へと身を投じた。
25メートル。そこにあるのは、地上では決して味わえない「絶対的な孤独」と、一瞬の油断も許されない「剥き出しの生」だ。写真は、主幹から四方に張り出した巨大な枝を、ロープ一本で吊り下ろそうとしている局面だ。
昨日からの雨で、樹皮は見た目以上に滑る。 樹上に陣取る私の地下足袋が、湿ったナラの肌を捉えきれず、わずかに横滑りする。そのたび、内臓がせり上がるような緊張感が背中を駆け抜ける。
「逃げるな、食らいつけ」
と自分に言い聞かせ、スパイクを深く、深く蹴り込んだ。
吊り下ろし作業の成否は、切り離す前の「設計」で決まる。 特に神社が隣接するこの現場では、落下の衝撃は社殿の土台を揺るがし、石碑を砕きかねない。枝にロープをかけ、グランドワークを務める仲間に合図を送る。
「抜くぞ。張っとけよ!」
チェーンソーの刃が、ナラの組織を断ち切っていく。最後の一皮を残し、枝が自重で折れ曲がるその瞬間。数キロから数十キロの質量が、ロープを介して一気に「意志を持った生き物」のように暴れ出す。
もし、ロープの制動が遅れれば、枝は振り子のように親木へ跳ね返り、私を空中で粉砕する。 もし、強引に止めすぎれば、ロープに過剰な荷重がかかり、命綱を破壊する。
指先に伝わるロープの摩擦熱。樹上を揺らす強烈な反動。 私は親木にしがみつきながら、空中で暴れる枝をゆっくりと、しかし確実になだめ、地上へと送り出した。地上30センチで枝が静止したのを確認し、ようやく肺の中の空気を吐き出す。
これを何度も、何度も繰り返す。 腕の筋肉が酸欠を訴え、指先の感覚が麻痺し始める。だが、見上げる空の青さは残酷なまでに澄み渡っていた。



③お昼ご飯:切り株の特等席で味わう、泥と光の境界線
極限の空中戦を終え、ようやく重力から解放されて地に足をつけた瞬間。肺の奥まで吸い込んだ冬の冷たい空気と、チェーンソーの混合燃料の匂いが、空腹を鋭く刺激する。
今日の昼食は、昨日訪れた町中華ではない。連日の疲れを癒すかのように降り注ぐ陽光に誘われ、我々は伐り出したばかりのナラの「特等席」に腰を下ろした。
写真は、伐倒した巨木の切り株を椅子代わりに、弁当を広げているひと幕だ。 昨日の町中華の熱気も良かったが、こうして青空の下、自分たちが整理した現場の景色を眺めながら摂る食事には、また別の格別な味わいがある。
「……少しは空が広くなったな。」
誰ともなく漏らしたその言葉に、全員が静かに頷く。 目の前に広がる八王子の街並み。数時間前まではナラの枝葉に遮られていたその景色が、今は我々の手によって鮮やかに開けている。この「景色の変化」こそが、肉体的な疲労を唯一中和してくれる。
コンビニの弁当、そして一口の茶。 豪華なものは何一つない。だが、泥にまみれた手で掴むその感触と、乾いた喉を潤す液体の温度が、自分が今「生きている」ことを強烈に自覚させる。
休憩時間はわずかだ。 食事を終えれば、再びチェーンソーを始動させ、数トンの丸太と格闘する午後の部が始まる。 切り株の冷たさが作業着越しに伝わってくるが、それすらも心地よい。 この静かな時間が、午後の死線を乗り越えるための、静かな、しかし確かなエネルギーへと変わっていく。

④伐倒作業(チルホール使用):泥濘の支点、数トンの意志を捻じ伏せる
午後の陽光が、戦場と化した境内の斜面を照らし出す。いよいよ、この現場における最大の山場、ナラの主幹の伐倒だ。
25メートルの巨躯を、限られた「一点」へと正確に沈める。そのためには、人力ウィンチ「チルホール」による強制的な牽引が不可欠だ。だが、昨日の雨が残した深い泥濘が、ここで我々の前に立ちはだかった。
写真は、ワイヤーの張力を極限まで高め、巨木と「対話」している瞬間だ。 レバーを一漕ぎするたびに、本来なら「支点」となるべき私の足元が、ズルリと泥を噛んで後退する。踏ん張れば踏ん張るほど、地下足袋は湿った土の中に深く沈み込み、踏ん張りが利かなくなる。
「……逃がすか!」
腹の底から声を絞り出し、周囲の切り株に足をかけ、無理やり体を固定する。 もし今、足元が完全に滑り、チルホールのテンションが抜ければ、風を受けている巨木は重心を失い、社殿側へと倒れ込んでいくだろう。それは「失敗」という言葉では済まされない事態だ。
チェーンソーの咆哮が一段と高まり、受け口が完成する。 私は泥にまみれた手でレバーを握り直し、全身の体重を乗せてワイヤーを引き抜いた。 「ミシミシ……」という、木が重力に従い始める断末魔のような音が響く。
次の瞬間、数トンの質量が空を切り裂き、狙い通りの軌道で地面を叩いた。 地響きが足の裏から伝わり、跳ね上がった泥が頬をかすめる。成功だ。 泥濘の中で、私はようやく深く、熱い呼吸を吐き出した。



⑤集積作業:静寂の中の重労働、人力だけで挑む「運び出し」
巨木が地に伏した瞬間、我々の戦場は「空中」から「地上」へと姿を変える。25メートル級のナラともなれば、倒した後に広がる枝葉と丸太の分量は、一朝一夕に片付くような生易しいものではない。
この現場において、もっとも体力を削り取るのは間違いなくこの「集積」だ。重機が入ることのできない神社の傍ら。我々に残された手段は、ただ一つ。自分たちの腕と腰、そして足の力だけで、すべての残材を運び出すことだ。
写真は、裁断された丸太を抱え、急な傾斜地を往復している一コマだ。
「……よし、あともう少しだ。」
誰からともなく漏れる短い言葉。 伐採直後の生木は、水分をたっぷりと含んでいて驚くほど重い。一抱えほどの丸太であっても、それが数十本、数百本となれば、一歩踏み出すごとに地下足袋が泥に沈み、膝にズシリと衝撃が走る。
雨上がりの泥濘は、運び出しの足場をさらに不安定にさせていた。踏ん張ろうとするたびに、昨日からの湿気を吸った土がズルリと逃げる。だが、ここで足を止めるわけにはいかない。散乱した枝葉を放置すれば、参拝客の足元を危うくし、神社の景観を損ねてしまうからだ。
黙々と、しかし確実に、丸太を一箇所に積み上げていく。 腕の筋肉はパンパンに張り、握力も限界に近い。それでも、山積みにされていた残材が整理され、地面が少しずつ顔を覗かせるたびに、言葉にできない充実感が込み上げてくる。
この「人力」という、あまりにもアナログで泥臭い作業こそが、現場を清めるための最後の、そしてもっとも重要な儀式なのだ。

⑥玉切り作業:沈黙の巨躯を「資源」へと変える、最後の一太刀
伐倒され、地面に横たわった25メートルのナラ。それはもはや空を支配する巨人ではなく、数トンの質量を持つ巨大な「材」だ。このままでは動かすことすらままならない。ここで必要となるのが、緻密かつ大胆な「玉切り」の工程だ。
写真は、夕刻の光が差し込む中、主幹にチェーンソーを当てる一瞬を捉えたものだ。
「……よし、食いついた。」
チェーンソーの刃がナラの硬い樹皮を割り、深部へと食い込んでいく。 ナラは密度が高く、非常に硬い木だ。ただ闇雲に刃を入れれば、自重でたわんだ幹に刃が挟まり、身動きが取れなくなる。木の「曲がり」や「接地圧」を瞬時に読み取り、どこに逃げ道を作るか。一太刀ごとに、木との静かな知恵比べが続く。
高速回転する刃が木を削り、火花のような切り屑が周囲に舞い上がる。 雨上がりで水分を含んだ材は、チェーンソーを握る腕に重い振動を伝えてくる。耳を劈くエンジン音。鼻を突く芳醇な木の香り。そして、切断された瞬間に「ゴトッ」と地面を叩く丸太の振動。五感のすべてが、この作業の過酷さと、成し遂げた実感を物語っている。
一本、また一本と、運び出しやすい規格サイズに切り分けていく。 切り口からは、この木がこの神社で刻んできた数十年、あるいは百年の年輪が美しく顔を覗かせる。命を断つ作業ではあるが、こうして丁寧に裁断することで、材は薪や資材として次の命へと繋がっていく。
腕の震えが止まらない。だが、規則正しく並び始めた丸太の列を見て、ようやくこの現場の「終わり」が、確かな手応えとして胸に刻まれた。

⑦作業後:空が開けた鑓水の空と、次なる戦地への静かな高揚
17時。八王子市鑓水、神社の傍らで繰り広げられた6日間に及ぶ死闘が、静かに幕を閉じた。
写真は、すべての機材を撤収し、清掃を終えた後の現場の風景だ。 かつて25メートルのナラがそびえ、空を覆い隠していた場所には今、抜けるような冬の青空が広がっている。枝葉を透かして届いていた陽光は、遮るものなく地面を照らし、神社の境内にこれまでにない明るさと開放感をもたらした。
人力で集積された残材の山は、我々が流した汗と、ナラという巨木がこの地で生きてきた証だ。 雨上がりの泥濘に足元をすくわれ、チルホールのレバーに全身の体重を乗せて踏ん張ったあの瞬間。高所で濡れた枝に食らいつき、重力と対話したあの時間。それらすべてが、この「開かれた空」を作るための必然だったのだと感じる。
「伐倒作業は無事に終わりました。」
その一言に込められた安堵感は、職人にしか分からない。 明日からは、また近くにある別の現場が我々を待っている。休んでいる暇はない。しかし、この現場を完遂したという確かな手応えは、明日への最強の糧となる。
道具を軽バンに積み込み、最後にもう一度だけ切り株に手を置く。 鑓水の空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。

記入者: 株式会社 樹
現場: 東京都八王子市鑓水(神社隣接地)
人員: 3名
完了日: 2026年3月5日(木曜日)
成果: ナラの木(25m)枝落とし・伐倒、各所玉切り・人力集積、6日間の工程全完遂



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