八王子市鑓水、神社に聳える25mの巨木。重機不可の難所で挑む「ナラの特殊伐採」
- いつきスタッフ

- 2 日前
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更新日:2 日前
東京都八王子市、その南西部に位置する鑓水(やりみず)。かつては「絹の道」の中継地として栄え、今もなお歴史の面影を色濃く残すこの地に、一台の軽トラックと特殊伐採の機材を積み込んだ我々のチームは降り立ちました。
今回の現場は、地域の人々に長く親しまれてきた某神社の境内。ご依頼いただいた内容は、樹高約25メートルに達する巨大な「ナラ(楢)」の木の伐採です。

1. 現場の厳しさ:重機を拒む「静寂の聖域」
林業の現場において、25メートルの高木を倒す作業は決して珍しいことではありません。しかし、今回の現場には大きな「壁」がありました。それは、重機が一切立ち入れないという物理的な制約です。
神社という場所柄、参道は狭く、歴史的な建造物や石碑が隣接しています。通常であれば高所作業車を横付けし、クレーンで吊り上げながら切り進めるのが最も効率的で安全な方法ですが、今回はその「文明の利器」に頼ることができません。
目の前に聳え立つのは、見上げるほどに高いナラの巨木。枝は複雑に絡み合い、万が一にも建物を傷つけることは許されない。この「難所」を攻略するために我々が選択したのは、古くからの知恵と最新のギアを融合させた「ツリークライミング」による人力の吊り下ろし作業(リギング)でした。
2. 空中の孤軍奮闘:ツリークライミングの技術
作業当日、空は抜けるような青。季節外れの暖かい日差しが降り注いでいましたが、現場にはもう一つの伏兵が潜んでいました。それは「強風」です。
地上では心地よい風に感じられても、地上20メートルを超える樹冠部では、風の威力は何倍にも増幅されます。大きく揺れる枝先、そして予想外の方向に流れるロープ。我々クライマーは、一本のロープに命を預け、自らの体を使って樹上へと登り詰めていきます。
ナラの木は非常に硬く、そして重いのが特徴です。一見すると美しい大樹ですが、伐採となればその重量は恐ろしい凶器に変わります。人力でこれだけの巨木を解体するためには、ただ切れば良いというわけではありません。
「リギング(吊り下ろし)」と呼ばれる技術を駆使し、滑車とロープの摩擦抵抗を計算しながら、切り落とした数トンにも及ぶ枝幹を、ミリ単位の精度で地上へと着地させていく。樹上のクライマーと、地上でロープを操るグランドワーク・スタッフ。この高度な連携こそが、重機のない現場での生命線となります。


3. 施主様の不安を「安心」へ変える瞬間
作業を見守る施主様は、当初、非常に不安そうな表情を浮かべていらっしゃいました。 「本当にあんな高いところまで登れるのか?」 「機械も使わずに、あんなに大きな枝を下ろせるのか?」
無理もありません。一般の方からすれば、人間がロープ一本で25メートルの巨木に挑む姿は、あまりに無謀に見えるかもしれません。ましてや大切な神社の境内です。建物に枝が当たらないか、事故が起きないかという心配は、作業を見守る視線の鋭さに表れていました。
しかし、作業が進むにつれ、その空気は一変します。 迷いのない足取りで樹冠へと到達するクライミング。一切りごとに確実に行われる安全確認のコール。そして、重いナラの塊がまるで重力に逆らうかのように、音もなく、指定したポイントへゆっくりと着地する様子。
一つひとつの所作に宿る「プロの仕事」を目の当たりにされた時、施主様の表情からスッと険しさが消えていくのが分かりました。
「これなら、安心して任せられる」
言葉にならずとも、その頷きが、私たちにとって何よりの信頼の証でした。

4. 荒れ狂う風との対峙:自然の猛威を読み切る
作業中、もっとも神経を研ぎ澄ませたのは「風」との戦いでした。 地上ではポカポカとした小春日和に感じられても、地上25メートルの樹冠(じゅかん)は別世界です。遮るもののない高さでは、突風がナラの大きな枝を掴み、まるで巨人が木を揺さぶっているかのような振動が伝わってきます。
特殊伐採において、風は最大の敵です。切り離した瞬間の枝が風に煽られれば、計算していた落下軌道は容易に狂います。ましてや今回は、重機が入らず、すべてを人力のロープワーク(リギング)で制御しなければならない現場。数センチのズレが、神社の社殿や石灯籠を損壊させるリスクに直結します。
「今は待て!」
樹上のクライマーから地上スタッフへ、鋭い指示が飛びます。風の止み間、いわゆる「凪(なぎ)」の瞬間を待つ。この「待つ勇気」こそが、プロとしての安全管理の真髄です。焦りは事故を呼び、過信は命を奪う。私たちは、チェーンソーのエンジン音を止め、風が枝葉を鳴らす音に耳を澄ませました。
風を読み、重力を味方につける。 一瞬の静寂を突いて、チェーンソーが唸りを上げます。受け口と追い口を正確に刻み、狙い通りの方向に枝を倒し込む。その瞬間、地上でロープを握るスタッフが全体重をかけて制動をかけます。25メートルの高さから、数百キロの質量が放たれる。それを人力の摩擦抵抗だけで受け止め、空中でピタリと静止させる。この一連の動作が決まったとき、現場には言葉にできない一体感が生まれます。

5. 地上の「泥臭い」総力戦:25メートルの巨体を解体する
樹上で華やかに見える伐採作業も、実は地上の「搬出」という泥臭い作業があってこそ成立します。 今回の現場は、重機が入れないだけでなく、切り出した材を運び出す動線も極めてタイトでした。通常であればラフタークレーンで一気に吊り上げてトラックに積み込むところを、今回はすべて「人力」です。
25メートルのナラの木を、担げるサイズ、あるいは台車で運べるサイズまで細かく玉切り(細断)していきます。ナラは非常に密度が高く、水分を含んだ生木の状態では、直径30センチの丸太一つでも驚くほどの重量があります。
それを一歩一歩、境内の段差や根を避けながら運び出す。 「せーの!」という掛け声とともに、スタッフ全員で力を合わせる。最新のツリークライミング技術を駆使する一方で、最後は人間の筋力と根性が試されるのが、林業という仕事の面白さでもあり、厳しさでもあります。
次第に山積みになっていく枝葉と丸太。 かつて空を覆っていたナラの枝が地上へ降りてくるたびに、神社の境内に差し込む光の量が増えていくのが分かりました。

6. 景色が変わる瞬間:施主様と共有した達成感
作業の終わりが見えてきた頃、西日が八王子の山々に沈み始めました。 最後の大きな幹を地上に下ろし、周囲の清掃を終えたとき、そこには数時間前とは全く違う景色が広がっていました。
圧迫感を与えていた巨木がなくなり、社殿の屋根に明るい光が届いています。これでもう、台風の夜に「枝が落ちてこないか」「建物が壊されないか」と怯える必要はありません。
作業を最初から最後まで、固唾を呑んで見守ってくださっていた施主様が、私たちの元へ歩み寄ってこられました。その表情は、朝の不安げなものとは打って変わって、晴れやかで、満面の笑みを湛えていました。
「本当に、魔法を見ているようでした。あんなに高い場所で、あんなに丁寧に……。あなたたちにお願いして本当に良かったです」
その一言で、一日中の緊張と身体の疲れが、一気に報われるような気がしました。 重機に頼れば早いのかもしれません。しかし、人力だからこそ伝わる熱量があり、クライミングという技術だからこそ守れる場所がある。私たちは、この鑓水の神社で、改めて「特殊伐採」という仕事の誇りを再確認したのです。

7. 八王子の緑と共に生きる
林業は、ただ木を切るだけの仕事ではありません。 そこに住む人々の不安を取り除き、安全な暮らしを守り、そして次の世代へ健全な緑を繋いでいく役割を担っています。
今回のような「重機不可」「強風」「高難易度」という三重苦の現場こそ、我々プロフェッショナルの出番です。どんなに厳しい条件下でも、知恵を絞り、技術を磨き、最高のパフォーマンスで応えること。
八王子市鑓水の静かな境内に戻ってきた平和な景色を背に、私たちは次の現場へと向かいます。そこにはまた、私たちの助けを待っている木と、人がいるはずだから。




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